齋藤豊文助教授のご逝去を悼む


名古屋大学大学院工学研究科 教授 鳥脇純一郎

(情報工学専攻第三講座)

 名古屋大学難処理人工物研究センター助教授、同大学院工学研究科情報工学専攻助教授兼担齋藤豊文先生は、平成12年10月26日、突然病に倒れ、急逝されました。享年38歳の若さでした。ここに謹んで哀悼の意を表します。
 齋藤豊文先生は、名古屋大学工学部電子工学科を卒業後、直ちに同大学院工学研究科情報工学専攻博士課程前期課程(修士課程)に進学、引き続き博士後期課程に進んで勉学を続け、平成3年3月に博士課程を単位取得退学、同4月より情報工学科第三講座(情報処理工学、鳥脇研究室)に助手として採用されました。この間、平成5年3月に工学博士の学位を取得しています。そして、平成9年4月に名古屋大学難処理人工物研究センターの発足と同時に、同センター助教授に昇任(難処理人工物解析システム研究グループ所属)されましたが、同時に情報工学科(後に情報工学専攻)の助教授も兼担してきました。
 齋藤先生の研究は、画像処理アルゴリズムの理論とその応用としての医用画像処理に関するもので、極めて多岐にわたっています。
 代表的な研究はディジタル画像におけるトポロジー保存処理と距離変換に関するものです。特にn次元ユークリッド距離変換の優れたアルゴリズムの開発、それを利用したディジタルボロノイ図、3次元薄面化・細線化アルゴリズムの開発に関する一連の研究は先生の最も優れた成果であり、ここ10年の間に目を見張る発展を遂げたX線CT像に基づく3次元画像処理に対する貢献は計り知れないものがあります。恐らく今後もその貢献は益々広がるものと考えられます。その発表論文の一つは画像電子学会会誌100号記念論文賞を受賞しました。この研究は世界的にも評価が高く、亡くなる直前には画像処理アルゴリズム関係の国際会議にも招待されております。また、この領域には3次元ディジタル画像の結び(knot)の研究が含まれていますが、ディジタル画像上の結びの解析は世界的に見ても例が無く、未完に終わったのは誠に惜しむべきことです。これらの全体を通して、3次元画像のディジタル幾何学的処理に関しては国内はもちろん、世界的に見てもトップレベルの若手研究者であり、この分野では、文字通り「掛け替えのない」人材でした。
 これらのアルゴリズムをツールとして駆使して実際の医用画像の処理にも優れた成果をあげました。肝組織の病理標本から毛細血管の分布状態を定量的に明らかにしたもの、仮想化内視鏡システムの3次元仮想環境化の導入と実際の3次元体験が可能なシステムの開発、外科手術シミュレーションのための軟組織の変形を計算機上で実現するアルゴルズムの研究、等があります。
 さらに、最近3年は、文部省科学研究費特定領域研究「発見科学」の研究グループに加わって発見科学(Discovery Sciencce)の研究も手がけ、画像からの知識発見に関する優れた研究を精力的に進めていました。ここでは、本研究室のオリジナルな成果である画像処理エキスパートシステムを3次元に拡張し、これにコンピュータグラフィックスのボリュームレンダリング画像のインタラクティブ操作の研究を組み合わせてユニークな知識発見の仕組みを作りつつありました。この研究は、先生が亡くなる前日まで発表のための出張準備をしていたものであり、完成を見ることなく逝かれたことは誠に痛恨の極みであります。
そのほか、4次元空間の可視化、回転軸が未知で固定されないと言う厳しい観測環境下での投影からの断面再構成、などの非常にユニークな研究もあります。両者とも恐らく他には例の無い独特の試みです。しかし、2,3ヶ月前に人体の3次元動画を撮れるCT装置の発表がある企業からあったばかりで、それがまさしく4次元濃淡画像の可視化を要求するデータの代表例になると予想されますので、齋藤先生の成果を生かす場がまた一つ現れたと言えます。これを齋藤先生自ら扱えなかったことは実に残念です。
 また、難処理人工物研究センターにおいては、研究所のホームページの立ち上げ、人工物データベースの開発、などの研究活動支援システム、インフラストラクチャの確立にも尽力し、同研究センターの教官から高い評価を得ています。
 学会活動では、平成12年度の電子情報通信学会のパターン認識・理解研究専門委員会の幹事補佐を務め、同研究会主催の画像処理アルゴリズムコンテストを担当しました。また、同年の画像認識・理解シンポジウムMIRU2000の幹事としても尽力しました。恐らく平成13年度は正規の幹事として腕を振るって貰えると多くの人が期待していた矢先の不幸でした。
 研究の推進においては、決して理論のみでなく、自ら実験装置も作ればプログラムも書けるという点で実践面の力量も一流でした。計算機のシステムプログラムに関する知識も豊富で、計算機の使い方に関しては「できる」人が揃っている当研究室の中でも群を抜いて良いプログラムが書け、良いシステムが作れるセンスの持ち主でした。
 研究室においては大学院生の指導にも極めて熱心でした。とりわけ、日夜を分かたず研究室にいて、学生や後輩教官を熱心に指導することから、まさに誰からも頼りにされる「若手の兄貴分」的な存在でありました。
 こうして書き出してみますと、齋藤先生が成し遂げてきた成果、そして、日常的にこなしていた活動の膨大さに改めて驚嘆せざるを得ません。これが、平成3年から12年の僅か10年間弱の間の仕事だとはとうてい信じ難いものがあります。齋藤先生は専門分野の議論は非常に厳しいものがありましたが、普段はどちらかというと穏やかで、目立つことは少なく、黙々と、そして専門的には難解な事柄も余りにも易々とこなしてしまいましたから、余計にそんな感じがするのかも知れません。振り返ってみますと、亡くなる2,3日前まで筆者と日常親しく交わした議論の中に、3次元処理アルゴリズム、画像からの知識発見、軟部組織変形シミュレーション、等のどれにもこれからやってみたいというアイデアが溢れていたことが思い出されます。せめてあと1,2年でも残してもらえればなお多くのすばらしい成果を出し得たとであろうと思います。あまりにも早すぎる死は誠に残念で堪りません。
 ここに、3次元画像とコンピュータの猛烈な発展と言う時代背景の中を閃光のように駆け抜けた若き俊英の業績を偲び、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

(2001.1.9)


(故)齋藤豊文助教授のご略歴


昭和三十八年二月八日生

    学歴

昭和五十 年四月 根尾村立根尾中学校 入学
昭和五十三年三月 同校 卒業
昭和五十三年四月 岐阜県立岐阜北高等学校 入学
昭和五十六年三月 同校 卒業
昭和五十七年四月 名古屋大学 工学部 電子工学科 入学
昭和六十一年三月 名古屋大学 工学部 電子工学科 卒業
昭和六十一年四月 名古屋大学大学院 工学研究科 博士課程前期課程
            (情報工学専攻) 入学
昭和六十三年三月 名古屋大学大学院 工学研究科 博士課程前期課程 修了
            工学修士(ディジタル二値画像処理のアルゴリズムの研究)
昭和六十三年四月 名古屋大学大学院 工学研究科 博士課程後期課程 進学
平成三年三月 名古屋大学大学院 工学研究科 博士課程後期課程 満了
平成五年三月 工学博士(名古屋大学)
            (高次元ディジタル二値画像処理のアルゴリズムに関する研究)

   職歴


平成三年四月 名古屋大学 助手 (工学部情報工学科)
平成七年四月 名古屋大学 講師(工学部情報工学科)
平成九年四月 名古屋大学 助教授(難処理人工物研究センター)
平成十二年十月     逝去


研究活動記録および業績


弔辞(山内睦文先生)
弔辞(鳥脇純一郎先生)


齋藤豊文先生の告別式は以下のように行われました。

お通夜 平成12年10月28日(土) 19:00〜
告別式 平成12年10月29日(日) 11:00〜
場所 ご自宅 岐阜県本巣郡根尾村八谷
喪主 御尊父 齋藤 喬 様

上記の弔辞は告別式の際に故人に捧げられたものです。


1998年7月 北海道大学キャンパス
文部省科研費重点領域(A)
「発見科学」A02、A04班 研究集会 (撮影:鳥脇純一郎)